蠍座木星期のフィナーレ☆辿り着いたのは?【後編】

赤い宇宙の月の年 自己存在の月13日
KIN5 赤い倍音の蛇

こんにちは、ライフクリエイター山下千草です。
暦を活かして機嫌よく生きる。日常を整える。
いつも読んでくださって有難うございます。


さて、前回の続き

私がセラピストに転身したのは、「癒し」ということで人や社会に貢献し、対価として目に見える形でお金をいただきたかったからなのだけれど、先に競争は嫌いとしながらも、どこかで“自分を選んで欲しい”という気持ちが根底にあった。

私を突き動かしていたもの、それは

「承認欲求」だった、、、

人と競ったり、比較の世界にいたくないとしながら、根底には、

認められたい

私を選んで欲しい

という気持ちがありましたね。

そのため、

“期待に応えなければ”と、自分のことは後回しで、お客さんを優先する日々。

自分のことは後回しでも、パフォーマンスを保つために、自分自身も環境もメンテナンスは怠りませんでした。もともと完璧主義がゆえ、常にフル稼働させていました。

まぁ歳も歳だったので、持久力なく、すぐ疲れてましたが、、、
それでも施術をとおしてエネルギーを解放できたり、完全燃焼したりするため、以前雇われでフルタイムで総合職をしていた頃に比べ、かなり充実した毎日ではありました。

週末セラピストとして独立しサロンワークをしていましたが、平日は大学で働いていて、これがかなりハードワークで、1週間通して休みはほとんどありませんでした。
ちょっとゆっくりするとか、何もしないでボーッとする時間は皆無でした。

自分のことは二の次、「自分を満たす」という事は完全に封印していましたね。

疲れがたまり休みたいと思いながら、毎週のように通ってきてくださる方が何人もいたため、そのお客さんの期待に応えるため、カラダにむち打ってやっていました。

そのうち段々パフォーマンスを保つことが難しくなり、週末どちらかお休みするようになると、来られなくなるお客様もいて申し訳なく思うけれど、それでもとにかく休みたくて、、、

あるとき先週も休んだのに、次の週末連休にし、一泊で旅に出たのでした。ひたすら楽しくて、癒されて、、、しばらく味わっていなかった充実感と安堵感に満たされていました。ようやく生き返ったような、自分を取り戻せたような感覚を、今も覚えています。

でもこのことで、「山下さんは最近お休みされてばかり」と、大得意様が離れてしまったのですよね、、、

それでも、どこかで“ホッ”としてる自分がいました。
その方は私の知り合いのサロンに移られたので、全然知らない人のところに行かれるより、むしろ安心して見送れましたし。

この一連の出来事で、ようやく「自分を満たす」ことの大切さを痛感したのです。
何はともあれ、「ご自愛」♡自分を大切にすること
まず優先すべきは自分

自分を満たしていて、はじめて他者のサポートもできると、ようやく気がついたのです。

今でも、なぜボディワーカーへの道を選択したのか不思議なのですがw

私のセラピストとしての原点はフラワーエッセンスなのですよ。
そこからアロマセラピー、メディシナルハーブ、漢方、アーユルヴェーダ、マクロビ、各種ヒーリングと流れていったのですが、その道ストレートにそのままいかず、なぜだか技術の世界に飛び込んだのは、やったことないことをやりたいという好奇心と、技術の世界への憧れでしょうね。手に職つけられたらいいよなという。

それまで結構いろいろな職種を経験してきて、我ながら状況判断もいいし、いろんなことそつなくこなすし、大概の事はやれる、くらいに思っていました。

そうしたら、技術の世界に飛び込んだら、完全に鼻を折られましたね。
ボディワークの研修の時点で奈落の底に突き落とされました。
自分の身体感覚の鈍さ(運動神経関係してます)を改めて突きつけられ、失望するばかり。座学についても歳取って物覚えが悪くなっている事にも愕然となり、とにかく2ヶ月間とことん絶望を味わいました。さらに無価値観に苛まれました。

その後セラピストデビューし、実践を積むことで段々やれるようになっていきましたが、もともと身体能力が低いことと、苦手意識があったからか、指名されたり、ご予約が入って嬉しい反面、施術をするということや、人のカラダを触るということに常に緊張感がありました。
施術が楽しくて楽しくて!なんてことあまりなかったなぁ、、、

アロマトリートメントの施術は唯一楽しかったのですが、手が荒れて結局出来なくなってしまったのですよね、残念な事に。

ボディワークの仕事は、無理して頑張ってやっていたなぁと分かったのは、「マヤ暦」を仕事にしてから。

とにかく知りたくて、夢中になって学んで、楽しくて。さらに、みえない後押しをたくさんうけて応援されていたように思います。いろんなことがとてもスムーズに回っていました。

情報発信は、(今もそうですが)かなり好きでやっています。

暦についても、自分が毎日確認したいから、書きたくてたまらなくて、結局3年間休む事なくブログも更新しコツコツ積み重ねてきたことが、あるとき大きなブレイクスルーとなり、セッションや講座を受けに全国からお客さんが来てくれるようになりました。

「マヤ暦」だけでない他のセッションのアイデアもどんどんでてきて、驚くような集中力とともに、ひたすら熱中し楽しんでいただけで、頑張ったという記憶は皆無です。

自分が試してみて、これはイイ!これすごい!素晴らしい!と思うものは、間違いないと言う自信を持ってサービス提供していました。

だからきっと純粋にエネルギーが高いものを提供していたと思うし、そこに人も集まってくださったのだと思うのです。

私にとってボディワークの仕事が困難だらけで挫折ばかりだったのはなぜか、今なら分かります。
私は自分の人生で後悔したことはないのですが、ボディワークでサロンワークで独立したのは失敗だったと、今では思います。

「人を癒したい」「元気にしたい」その奥にあったもの。

「承認欲求」が根底にあったから。

“認めてもらいたい”、そのためにやっていたんだな。

そこに自分の存在価値を見出していた、、、

だから、しんどくなって直ぐに息切れした。それでも頑張らなければと、なんとかやってきたけれど、どんどんつらくなっていった。そりゃそうですよね。

でもその体験をしたかったんだ、私は。
挫折を味わったり、失敗を経験したくて、わざわざその道を選んだ気がするのですよね。

実は今は、原点回帰でフラワーエッセンスに興味が戻ってきているのですが、当初考えていたセッションに取り入れるというより別の方法をメインで今後取り組んでいく事を考えています。
その道をストレートに歩まず、わざわざ回り道したなぁ。

でもね、“回り道は夢を叶えるチカラになる”と、いつかどこかで目にしたことがあるのですよ。

この蠍座木星期の1年で、ここ10年程の自分の取り組みを振り返る中で、
ディープに「失敗」という究極の本音に向き合うことになりました。

実は私今まで、「失敗」だと思ったことがほとんどありません。「失敗」という意識を持ったことがないと言った方が正しいかも。挫折ばかりですけど、必ず起き上がるし、ただでは起き上がらないし。何なら起き上がるときに覚醒するしw

「九つ転び十起き」みたいな人生なんですよね☆
有り難いことに、必ず助けが入るし。

なので、「失敗」なんてない!と思っていたw

でもそれは、単に「失敗」として認め、受け入れていなかっただけだったんですよね。

始めはちょっとした違和感から、そしてしんどくなってきてもなお、蓋をして、見て見ぬ、感じぬふりをしていました。ずっと。

自己否定と「自己肯定の低下」の中で生きてきたので、「自意識」を生き方の中心に捉えすぎていたことで、本当にみるべき本質が見えなくなっていたように思います。

回り道してでもみたい景色があった☆

承認欲求を認め、本当にやりたいことに向かうこと

「失敗」という究極の本音と向き合うこと

自分に足りないものを自覚させるために、困難や挫折は起こる。
そんな時間を過ごしてきたのだと今は思う。

創造神秘学研究家の岡崎直子さんが言われています

神秘学の世界では、「失敗」つまり、最初の期待やアイデアが一旦「死ぬ」ことを、全く悪いことだと捉えていません。
死こそ生命の究極の姿だからです。

蠍座ならではの、濃くて深い学びを時間をかけてやってきたことで得た自愛力、自己信頼。
次へ向かう道が未知ながらも、どこかで大きな安心感を感じていることに自分でも驚く。

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